今回は、ジュニアサッカークラブ
 「 F.C. コフレ岩槻URL : http://fc-cofre.jugem.jp/   
 の代表であり、監督の 
 
 柳澤 芳郎 さん をお招きしました。



いよいよ、サッカーワールドカップが開幕しましたね。

日本でもJリーグの発足以来、サッカーは広い層に親しまれるようになりました。

柳澤さんは、チリブラジルクラブチームで研鑽を積み、現在は故郷である
埼玉県岩槻のジュニアサッカークラブ 「 F.C.コフレ 」 の代表・監督として、
将来のスター選手を目指す少年たちの指導にあたっています。




才能の “ 原石 ” に磨きをかける
 

日本における “ 本物のサッカー ” とは
 
ロズリン: 「 コフレ 」 は子供たちのクラブですが、柳澤さんもやはり、
       幼いころからサッカーに親しんでいたのですか?
 
柳澤:6歳から始めましたが、うちは男の三兄弟の全員がサッカーを
    やっていました。
 
ロズリン:私の主人も高校時代はサッカー部だったんですが、当時の日本で
      サッカーは “ 蹴球 (しゅうきゅう) ” と呼ばれるマイナーなスポーツで、
      人数も集まらず、何かとからかわれていたそうです。

      そこからすると今は大変な人気ですね。



柳澤:Jリーグの発足以降、急速に広まりました。

    サッカー競技をビジネスとして成功させた功績は大きいのですが、
    現在はカリスマ性のあるスター選手が不足していて、サッカー界全体に
    やや元気がないのは残念です。
 
ロズリン:女性ファンもかなり多いように思いますが。

柳澤:かつては、海外から帰ってきたという話題やネームバリューだけで観にくる
    人が多かったけれど、今はそういう人材がいない。

    しかしそれでも 「 サッカーが好きだから観に行く 」 という純粋なサッカーファン
    が残るのであれば、結果的にはその方がいいのかも知れませんね。
 
 
南米の地での修業時代


ロズリン:南米まで留学したキッカケは?


 柳澤:どうしてもいきたかったんです。
     自分で決意し、高校のクラブ顧問の先生
     に相談して…。

     18歳で卒業式の二日後にチリへと
     旅立ちました。

     もう少しくらい友人と遊べば良かったな、
     と後から思いましたが。


ロズリン:現地で言葉は大丈夫でしたか?
 
柳澤:あちらはスペイン語ですが、ほとんど分からない状態で出かけて行って、
    しかも空港に着いても、来るはずの迎えが来てないんですよ。

    「 タクシー? 」 とか聞かれても、こっちは 「 No 」 としか返せない。
 
ロズリン:そのときは、どうしたんですか。
 
柳澤:近くにいた空港の係員に、持っていた世話人の名刺を見せて連絡して
    もらうことができました。

    で、やっと来てくれたのが2時間後。
    聞くと当日は、他の留学生を先に拾ってからこちらに回る予定だったのが
    遅れたとかで…。
    
    “ 南米時間 ” というか、結構そのへんはゆるいですね、全体的に。



ロズリン:チリでの暮らしは?

柳澤: 「 コロコロ 」 というクラブチームに入り、まず一週間の練習の後、
    カテゴリー分けのためのテストを受けました。

    僕はプロの予備軍に位置付けられる “ サテライト ” でした。
 
ロズリン:他にも、日本人の留学生はいましたか?
 
柳澤:時期は多少ずれますが、他に2人いました。

    そのうち1人は、一時期同じ家にいた宮城県出身の人だったんですが、
    10年くらい後になって、本当に偶然にも、私のいとこが結婚するときに、
    なんと相手がその彼だったんですよ!
 
ロズリン:それもまた、不思議なご縁ですね。
 
 
王者ブラジル・強さの秘密
 
柳澤:19歳でいったん帰国後、アルバイトをしながら、プロテストを受けるために
    自主トレーニングを続けていました。

    サッカーは本来、プロ選手になるならば18~19歳までに認められないと
    いけない世界です。

    それでも23歳のとき、無理と分かってはいながらももう一度挑戦しようと
    思い、その準備のために今度はブラジルに渡りました。



ロズリン:ブラジルのサッカーはいかがでしたか?
 
柳澤:当たり前のことですが、とにかくレベルが高い。
    サッカーのスタイルも、力強さがあるし、何しろ速い。
 
ロズリン:体格の違いがハンディにならないんですか?
 
柳澤:やっぱり大きいですよね、彼らは。

     かつてカズさん ( 三浦知良氏 ) がいたサントスFCの練習を見てたら、
     みんな圧倒されるような大きさで。

     ところが、一緒に並んで撮った写真では、自分より小さい人もいるんですよ!
     あれはびっくりしましたね。
 
ロズリン:動きの速さも、ある意味でスキルの一つでしょうか。
 
柳澤:まさにそうですね。
    単に100m走るだけなら、日本人もブラジル人も互角のレベルでも、
    瞬時に3m移動するとなれば、彼らの俊敏さは我々とは段違いです。
 
ロズリン:トレーニングの環境も影響していそうですね。


  
柳澤:南米の人たちは、インナーマッスルを重点的に鍛えているので、動きが
    非常にしなやかですし、このことが激しい動きの中での繊細なボール
    コントロールを可能にしています。

    ですが日本人選手の多くは、主に脚の前面の “ 止まる ” ための筋肉
    ばかりを使うために、身体がカチカチに固まってしまい、結果として動き
    が硬く、肝心のボールコントロールがお留守になってしまいがちなんです。

    かつての一流選手の中にはこのことを理解していた人もいたようですが、
    意識そのものをもっと大きく変える必要がありますね。
 
ロズリン:ブラジルでは、他にどんな成果がありましたか。
 
柳澤:在籍したのは、プロ選手を育成する 「 オスカーFC 」 というクラブチーム
    でした。

    日本と違って、ブラジルでは遅くとも17歳までにプロチームと契約でき
    なければ、サッカーの道は断たれるという厳しい現実があります。

    彼らに 「 もしプロになれなかったらどうする?」 と聞くと、 「 田舎に帰って
    家の農業を手伝う 」 と泣きながら答えていました。
 
ロズリン:生活がかかっている分、よりハングリーになるのも頷けますね。

 














ブラジル留学時 2001年

  

  チリ留学時 「CSDコロコロ ( Club Social y Deportivo Colo Colo ) 」


  インタビューは、後編へと続きます! お楽しみに。