インタビューゲスト第19回は、

 鶴見大学 歯学部
 歯科保存学第一講座(保存修復学)教授
 
 桃井 保子 先生 をお招きしての前編です。

 
 “ 女子大学歯学部 ” 第1期生として
 
ロズリン:先生が歯科の道に進んだきっかけは。
 
桃井:私の高校時代は、学生運動の真っ盛りでしたね。
    戦争とか政治とかを、今の若者達より身近に感じていたと思いますよ。

    連日のようにテレビではベトナム戦争の報道があったりして、何となく戦場を
    かけめぐるジャーナリストに憧れてましてね。
    … でもその辺の才能もなさそうだし、何か手に職をということでいましたら、
   
    ちょうどそこへ、
    鶴見女子大(現・鶴見大学)に歯学部が設置されることになって。



ロズリン:女子だけの歯学部だったのですか?



桃井:そうなんです。
    第1~3期生までは女子だけでした。4期から男子が入学してきました。

    戦前に二つあった女子の歯科医学専門学校にならい、女性の特性を
    活かした歯科医療人を育てる目的で、1970年にスタートしました。
    ですから、2010年の今年は設立40周年ということです。
    歳がばれますねえー(笑い)

    学部設立認可の関係で初年度は4月入試になり、ユニークな女子がたくさん
    集まりました。 
    同期には気の強い人がい~っぱい(笑)。

    卒業後、ゆくゆくは開業をと考えていましたが、保存修復学、すなわちむし歯を
    治す専門領域なんですが、ここに残ってはどうかと勧めてくれる先生がいて、
    卒業後も大学に助手として勤めることになったというわけです。
 
ロズリン:女性は本来、医療分野に活かせる要素を多く持っているように思いますが。
 

 桃井:私は、女性は医療の現場に向いていると思う
     んですよ。
    
     女性は弱い人や傷ついた人に寄り添うことが
     本来的に得意じゃないですか。

    知識や技術以前に、その人の身になって考え、
    寄り添ってあげられることは、
    
    医療人の原点と言えますよね。


ロズリン:ただし歯科医師会や学会などでは、女性の登用がまだ少ないですね。
 
桃井:残念なことに、現在の日本の歯科界には、とくに指導的立場に女性の参画
    が非常に少ないですね。
    
    これは先進国の中で、好ましくない意味で図抜けていると思いますよ。

    今、国は、さまざまな場面で男女の機会均等を強く勧めていますから、
    歯科の分野で、教授という事では数少ない女性の一人である私が、
    しょっちゅういろいろな会議に、紅一点として引っぱり出されることになって
    います ( 笑い ) 。

    これではたまりませんので、今、女性の後継者・仲間を一人でも多く育て
    たいという切実な思いでいます。

    女性を取り巻く働く環境は整ってきているし、働く女性に対する男性側の
    認識も、以前とは比べようもないほど進化?してきているのに、何故、
    指導的立場の女性がいまだに少ないか? 
 
    これには、どうも、女性の側にも問題があると思うんですよ。
 
ロズリン:具体的には?
 
桃井:日本では、慎み深い女性を善とする文化が長く続いたせいか、積極的に
    発言する女性や、仕事で手腕を発揮する女性は、何となくうとまれる傾向に
    ありますね。

    「 大和なでしこ 」 に代表されるように、しとやかさや謙虚さをが美徳とする
    ような雰囲気がまだまだありますよね。
 
    女性というと、サポートの上手さとか、ピュアな部分を尊重する風潮が
    今も根強くあるでしょう。
 
    こういった環境の中で、女性たち自らが、ポリティカルな言動や、清濁併せ
    のむ的な仕事のスタイルに惹かれず、価値を認めにくいんだろうと思うんです。


 
 

  ロズリン:積極的な姿勢の女性の活躍が、
        もっと増えていってほしいですね。





桃井:トップが女性という事もあるでしょうが、今、私の講座には女性が多く、
    男女比が半々です。
    「 地球上の男女比と同じ 」 と良く言うのですが、おかげで、職場の雰囲気は
    とても明るく開放的です。

    笑いが絶えない事が自慢です。この点は上司として非常に助かりますね。 
    面白い事ですが、会議のメンバーに女性が一人でもいると、男性オンリーの
    会議と雰囲気が全く違いますよ。


最近の研究トピック
 
ロズリン:先生は最近ユニークなプロジェクトに取り組んでいると聞きました。
 
桃井:愛知県犬山市に世界的にも有名な京都大学霊長類研究所があるのですが、
    そこのチンパンジー諸君の口の中の健康診断をさせていただいてます。

    これは、もともと、鶴見大学歯学部探索歯学講座の花田信弘教授のお考え
    から始まったプロジェクトです。

    学内の講座間で連携を組んでやっているのですが、私たちむし歯チームと、
    補綴(ホテツ)学第二講座の小川匠先生率いる顎関節チームが、ほぼ毎月
    1人のチンパンジーの口腔内を診査しています。

 
チンパンジーの口腔健診に向かう私たちの    京都霊長類研究所のチンパンジー
いでたち。 京都大学霊長類研究所にて      家系図を見せてくれる桃井先生


    チンパンジーやゴリラなどの霊長類は、進化の上で私たちヒトと
    近い動物です。
    とくにチンパンジーは最も近く、遺伝子配列の違いは2%程度と報告されて
    いますね。
 
    このプロジェクトはまだ端緒に着いたばかりですが、“ ヒトの隣人 ” チンパンジー
    の口腔内を診る事によって、目からウロコの新しい知見が得られるのではないか
    と期待しています。

ロズリン:どういった経緯でそこのお仕事を?

 桃井:最初頼まれたときには 「 人間のことだけでも
     手いっぱい!」 と思いましたが、花田教授の
     お話を聞くうちに面白くなってきたというところ
     でしょうか。

     これまでとは全く視点の違う仕事であるところが
     とても興味深くてお引き受けすることになって
     しまいました。
 
     霊長類研究者や獣医師の方々との交流も理屈抜き
     で楽しいですね、ハマってしまった…
     というところでしょうか。
 
ロズリン:チンパンジーは、やはり賢い?

桃井:もちろん、みんな賢いですよー! 
    本やテレビで有名な、アイとアユムがコンピューターを使っている様子を見学
    しましたが、私よりはるかに頭いいですね(笑い)。

 私たちにチンパンジーの歯の検診を許可して
 下さっている所長の松澤哲郎先生は世界的に
 有名な人類学者ですが、チンパンジーを1頭、
 2頭と数えられない。1人、2人です。
 
 また、研究所の方々も、オス、メスでなく、男性、
 女性、男の子、女の子とおっしゃいます。

 このことは、松澤先生をはじめとする研究所の
 方々が「チンパンジーは人の隣人」という考えに

立ち、彼らに大いなる敬意を払っていることを端的に物語ってますよね。
私たち検診チームのメンバーにも、チンパンジーは私たちの隣人という考えが、
この1年間で自然に身に付いてきました。


ロズリン:チンパンジーの平均寿命はどのくらい?
 
桃井:平均寿命は約50歳とのことです。
    私たちも、つい先だってまで同じようなもの
    でしたね。
  
ロズリン:ペットとして飼われている動物だと、むし歯
      になることがありますが、研究所のチンパン
      ジーたちの歯はとても健康そうですね。



桃井:
当然、歯ブラシはしない彼らなのですが、その割に、むし歯が非常に少ない。
    また、歯ぐきは健康そのもので、歯周病もほとんどありません。

    歯並びについても、顎が大きくゆとりがありますから、親知らずまで含めて
    ユウユウと生えています。
    チンパンジーには矯正治療が無縁ですね(笑い)



ロズリン:歯列にゆとりがあることと、むし歯がないことに、何らかの関係がある?
 
桃井:もちろん関係があるでしょうが、もっと、この研究所のチンパンジー諸君の
    歯や歯ぐきを見ていて気付かされる事は、歯垢や歯石はヒトと同じようにある
    というか、歯磨きはしないのでむしろ人よりかなり多く付いているのに、なぜ
    こんなにむし歯が少なくて歯周病にもかかっていないのだろうという、
    まか不思議な事実ですね。

    研究所での彼らの食餌は素晴らしく配慮されていますよ。
    栄養面を考え、実に100品目もの健康的な食べ物が与えられています。
    私が食べてるよりはるかに品目が多くヘルシーです(笑い)。







 
 イケメンのレオ(28才)。
 愛知県犬山市の京都大学霊長類研究所
 のご厚意による。



    彼らは、果物など甘いものも食べていますが、基本的に熱処理や加工して
    いない咬みごたえのあるものを、しっか咬んで食べてます。

    この辺が謎を解いてくれるのではないかと、今、花田先生と話している
    ところです。

    あと1年で全てのチンパンジーの口腔内診査が終了しますので、結果を公表
    したいと思っています。

    乞うご期待!といったところです。

 
ロズリン:まさに、“ヒトの隣人”が教えてくれることですね。
       実際に、チンパンジーの歯を治療したことは?
 
桃井:一度だけ、検診のときに、折れて感染している歯を見つけ、これは放って
      おけないということで治療することになりました。

    歯の根の治療だったんですが、エックス線写真撮影が必要で、他にも多くの
    治療用機器類を持ち込む必要がありました。

    朝日レントゲン工業社に協力いただけたことが大きかったですね。

    大学院生をはじめとする若手スタッフも協力してくれました。
    たった1本の歯に大騒ぎだったけれど、おそらくチンパンジーの歯の根の治療を、
    私たち人間とまったく変わらないレベルで行った事例は世界にないと思いますよ。
    とても面白い経験をしました。

    現在は、チンパンジー諸君の口腔内を調査している段階ですが、今後は、
    彼らの歯を守り育てる、すなわち必要であれば治療する体制も作らなければと
    思っているところです。
 
ロズリン:チンパンジーの口腔内の研究から、いろいろなヒントが見えてきますね。
 
 
 
京都大学霊長類研究所
 
 
インタビューは後編へと続きます。お楽しみに!