鶴見大学 歯学部
 歯科保存学第一講座(保存修復学)教授

 桃井 保子 先生 をお迎えしての後編です。



歯科の温存療法
 
ロズリン:先生にとって、一番関心のある研究テーマは。
 
桃井:むし歯(う蝕)です。
    むし歯は、私たちが白米を食べるようになったり、砂糖を多く取るように
    なった後に蔓延し出した疾病といえます。

    つまり 「 美味しいもの 」 を食べるようになってからですね。
    美味しい物を食べるのならその分、歯を磨かないといけないという理屈だと
    思いますよ。

    そのむし歯ですが、かつてむし歯は “ 詰め物が取れないように広めに削る ”
    とされていましたが、今 “ むし歯になっているところ以外は出来るだけ削らない ”
    方向です。

    さらにこれからは、むし歯になっているところすなわち感染部位もあえて残す
    温存療法が主流になっていくでしょう。





歯科でいう温存療法とは、正しくは「歯髄温存療法」です。
歯髄というのは、みなさんが「神経」と理解していらっしゃるところですね。

ですから、歯の神経をできるだけ取らない治療という事です。
そのために、むし歯菌が侵入しているような歯の部分でも、削り取らずに残します。
そして残したむし歯を健康な歯に回復させます。
 
むし歯になっている部分に薬をつけたあと、むし歯の入り口をしっかり封じて、
2・3カ月待つんです。

 こうすることで、むし歯は除菌され、柔らかかった
 むし歯が再び硬くなります。

 これで歯髄は保存され、歯も残ります。

 実は、このことが、歯の健康長寿に欠かせない
 条件なんです。

 極力、自分の歯を“一生もの”に近づけていく、
 これを診療でも研究でも、また学生教育においても、
 テーマにしています。

 ロズリン:むし歯予防の新しい研究課題は?


桃井:鶴見大の歯学部探索歯学講座教授の花田信弘先生は、むし歯予防ワクチン
    の開発やむし歯菌の除菌法開発に力を入れておられます。

    この辺が、最前線のむし歯予防研究と言えると思います。
 
    このように言うと 「 じゃあ、そのうち歯は磨かなくて良くなるの? 」という質問が
    必ず出ますが、残念ながらそうはなりません。

    むし歯菌と歯周病菌はちがうので、むし歯菌を絶やしても、歯周病菌は残ること
    になり、歯周病のリスクはそのままです。
     
    基本は歯ブラシをきちんと使うことですね。
 
ロズリン:エチケットの部分も大きいですよね。

桃井:歯磨き剤を使わない方もいらっしゃるし、歯磨き剤を勧めない歯医者さんも
    以前はいたように思います。

    しかし、今の歯磨き剤には、研磨効果に加えてさまざまな薬理作用を持たせ
    たものがあり、何といっても磨いたあとの ” 息さわやか感 ” は、歯磨き剤を
    使ってこそですよね。



    それと、歯磨き剤を使わなくてもブラッシングだけでプラークは除去できます
    から問題は無いのですが、歯磨き剤を使わないと食べ物や飲み物からの
    着色物質が歯の表面に付着・蓄積してきて、歯が黄色っぽく色づいてきます。

    そこで、ご自分で歯磨き剤を使って磨き出すと着色がとれてきて、本来の歯の
    色がもどってきますよ。

    実際に、歯を白くしたいと漂白を希望して来院される患者さんには、まず、
    歯磨き剤を使って専門的な歯面清掃をするのですが、それだけで白くツルツル
    になって、気持がよいと大満足で帰られる患者さんが少なくありません。
 
 
あちらもこちらも、白い歯が命

桃井:歯は若いうちは白いのですが、年とともに黄色っぽくなってきます。
    高齢になるとさらに進んで少し茶色っぽくなる方もいらっしゃいます。

    年齢が進むと、エナメル質に細かいヒビが多くなり、ここに食べ物からの
    着色物質がしみ込んでいったり、また、エナメル質が年とともに摩耗して薄く
    なると、下地の象牙質の黄色が透けてきて全体的に黄色っぽく見えるようになる。



  また、犬歯は他の歯より黄色いんですよ。
  原因はわかりませんが面白いですね。
 
  私たちは、鶴見大学歯学部附属病院内に 「 白くて美しい歯の外来 」という
  専門外来を開設しています。

  ここでは、歯のクリーニングからはじまって、歯のマニキュア、歯の漂白、
  歯が白く見える顔のメークアップのアドバイスなど、白くて美しい歯を持ちたい
  と願う方々のニーズに答えています。

  この外来の理念は、歯を削らず、健康な歯をそのまま残して行う審美歯科
  治療です。 もちろん健康な歯ぐきが土台です。








鶴見大学歯学部附属病院内
「 白くて美しい歯の外来 」 の
相談コーナー

  
  例えば、歯を白く見せる顔のメイクアップですが、これで済めば、歯はぜんぜん
  削らないどころか触れもしないで済む方法といえますよね。
 
  歯が白く見えるメイクアップの基本は、小麦色のファンデーションに、鮮やかな
  赤の口紅の組み合わせです。

  歯に自信が無く目立たせたくない場合には、肌色系統の口紅を選ぶといいですよ。
  これでパール入りだと生き生きしますよね。
  
  人の視線は、まず相手の目と口もとにいくもの。
  しかも相手に与える顔の第一印象は6秒間程度で決まってしまうといわれています。
 
  目と口もとは顔の印象を決めるポイントとしてすごく重要です。

 
ロズリン:真っ白い歯が好まれるアメリカでは、セルフ・ブリーチング ( 漂白 )が
      盛んですが、白さを追求するあまり、弊害も多発するのでは。

 
 桃井:確かに。これは米国の歯科医にうかがった話ですが、
     月曜は若い女性の急患で混雑するんだとか。

     週末、ドラッグストアーで購入したブリーチング剤で
     過度なブリーチングをして歯が痛くなり、月曜日には
     救急外来に来る若い女性が多いとうかがいました。
 
     幸なことに漂白のせいで起きた歯の痛みは自然に
     治るのですが、痛いときは痛いからつらいでしょうね。
 

  アメリカでは、 “ ハリウッド・スマイル ” が好まれるのでしょうね。
  テレビなどに出ている方達には、歯の白さが顔や年齢にマッチしていなくて
  不自然に見える場合がありますね。


ロズリン:ヨーロッパの事情はどうでしょう?
 
桃井:ヨーロッパでは、全体にナチュラル志向で、健康的な自然な白さに見せたい
    方が多いのではと思います。
 
    このため、義歯を作る場合など、年相応に 「 残った自分の歯の色に合わせる 」
    「 ちょっとヒビを入れる 」 「 歯にシミを入れる 」 など高度な技工テクニックを
    駆使する場合があります。

    私は、どちらかというとこの考え方が好きですね。
    みなさん歯は白ければ白いほど美しいと思いがちですが、顔の中で自然に
    おさまる白さを目指すのが良いと思いますよ。
  
    それが健康的な白さですから。
 
ロズリン:気質の違いが表われていて、とても面白いですね。
 
 
心にもたっぷりの栄養を!

ロズリン:ご自分のオフの過ごし方やリラックス法などは?



桃井:みんなでワイワイ呑んだり食べたりすること( 笑 )。
    ちょうど昨日も集まりがあって…
 
    今、臨床実習を担当しているのですが、1年余の臨床実習期間を通じて、
    遅刻・欠席ゼロの学生には、担当教員がご馳走するという約束になって
    るんですよ。

    今年は、9名の頑張り屋の学生がいましたね。
    昨日は、楽しくお祝いの会だったわけです。
    この学生の中には、6年間の無遅刻・無欠席を目指しているものもおりまして、
    教員としては大変、心強く嬉しいわけなんです。

    今は、忙しくて仕事以外での旅行はままなりませんが、昔はちょっと変わった
    地域を旅したものです。

    とくに、シルクロードをたどって、中央アジア、インド、ネパール、アフガニスタン
    を旅した事は強く印象に残っています。

    
1977年。アフガニスタン西部の都市ヘラート      1979年
近郊で、人懐っこい子供達と。               インドのジャイブール市にて
今、戦場と化した国で、この子達はどうしている     炎暑の路上でポーズ
だろうか。
この翌年、ソ連軍のアフガン侵攻が始まった。


    今は、戦場と化して、物見遊山の旅など考えられないアフガニスタンですが、
    当時、バーミヤンの大石仏が真正面に見える場所にあるパオ(布製のテント)
    に泊り、早朝、霧の中に浮かぶ石仏の高貴な姿に圧倒され、感動した事を
    覚えています。

    その後、タリバンがバーミヤンの石仏を爆破破壊した衝撃的なニュースが
    報じられましたが、にわかに信じ難く、無念さがこみ上げてきました。

    旅したのは30年以上も前の事ですが、純朴で親切な人々や、人懐こく
    可愛らしい子供達が今どうしているのか、アフガニスタンのニュースが報じ
    られるたびに今も思いを馳せています。
 

ロズリン:
留学のご経験も?

桃井:イギリスのニューカッスルで2年間過ごしました。
    この地方の英語は “ ジョーディ ( Geordie ) ・イングリッシュ” というバリバリ
    の方言で、聴きとるのに大変苦労した事を覚えています。
 
    でも何とも愉快な方言なので真似したくなり、守衛のおじさんや掃除のおばさん
    に教わり、標準の英語はそっちのけで練習したことも懐かしく思い出されますね。


 1991年。
 ニューキャッスル近郊を大学の
 先生方とトレッキング。

 イギリスでは、1日の中に四季
 があるといわれるほど
 天気の変化がめまぐるしい。

 遠くまで続くヒースの荒野は
 実に美しい。

  
   英国と言えばパブですよね。
   ニューキャッスル大学内には学生達が経営する 「 クラウン & ブリッジ 」 という
   パブがあり、毎週金曜日は、先生と生徒がビールを飲んで交流するというとても
   うらやましい環境がありました。
 
   …パブで良く飲んだせいか、フィッシュ&チップスが大好物だったせいか、
   今より12kgくらい太っていて、まるまると肥えてましたけど。

   あちらの人って、室温の350mlのビールを片手に、おつまみなしで、長々と
   おしゃべりするんですよね。 これには、慣れるのに苦労しましたが、
 

ロズリン:
言葉のハンディで困ったことは?
 
桃井:通じないままで通しましたけど、一番つらかったのは、ジョークの
    最後のオチが分からないことでしたね。
 
    最初、頑張って聞き取って行けても、最後の最後、オチがわからないんですよ。

    オチを聞いて、周りはみんな大爆笑で、その雰囲気を壊しても申し訳ないと、
    仕方ないから合わせて笑ってましたが、これはみじめでしたねー。

    と言っても、シェークスピアの舞台のセリフは、ひと言も意味がわからないのに
    実に美しく感じ、音楽のようで聴いているのが好きでしたね。

    リズムも素晴らしいし、話している俳優はとてもカッコいいと思いました。
    これのマネは無理でしたが…
 
    それと、今でも、CNNニュースはチンプンカンプンですが、
    BBCは
少しわかるのが自分でも不思議です。



ロズリン:詩とジョークは、言語や文化の壁では最も険しいと言われますから。
 

桃井:
それと、この留学中にちょうど湾岸戦争が勃発したんです。
    多数の兵士を送り込んでいた英国内ではえらい騒ぎでした。

    留学先のニューキャッスル大学構内に設けられた献血場には、学生たちが
    連日行列を作り、どの顔も戦場の兵士を後方から支援するというような気概
    に満ちていた事を思い出します。

    戦後の日本に生まれ育った私は、つくづく自分が平和ボケしていること、
    国際的な視点に欠けている事を痛感した良い機会でした。

    日本から外に出ないと分からないことがたくさんあると気づかされた、
    その意味でも本当に貴重な経験だったと思います。



<インタビュー感想>

 活発で何にでも好奇心を持つ桃井先生の研究には是非注目したいです。

 歯科医師の世界でも、やはり欧米に比べればまだまだ女性の活躍は少ない日本。
 桃井先生のようなパワフルな女性をお手本とし、今後ますます女性が活躍すれば、
 日本の世の中はもっと元気になると思うのですが!