日本在住の和紙作家
リチャード・フレイビン さん

お話をうかがう、後編です。




縁あって、禅寺の管理をしながら生活をしていた20数年
 

ロズリン:
小川町にきてから、ずっとお寺に住んでいましたよね。
       あれは風情のあるお寺でしたね。
 
リチャード:偶然のご縁です。
        最初の半年はアパート住まいでしたが、ある時、町の方から慈恩寺という
        禅寺が、管理をするために住んでくれる人を探しているという情報を得ました。
 
        その寺はお坊さんがいない寺で、ずっと管理していた方が引っ越すことに
        なったということで。

        偶然、その前の方というのが芸大を卒業されていたんです。
 

ロズリン:
すごい偶然ですね。
 
リチャード:
そうですよね。 彼が檀家さんたちに、日本人よりかえっていいのではないかと
        言ってくれて、決まったんです ( 笑 )。
 
        なんとそこは家賃のかわりに、1カ月1万3千円を寄付としてお寺に払えば
        よかったので、ものすごく助かりました。
 
       そこに住む条件としては、お庭の手入れ、寺の内部の掃除、そして朝おきたら、
       毎日仏壇のお水をかえ、お線香をあげることなど。
       大喜びでやりました。
 
       これらのことで、私の毎日はものすごく幸福になったんです。
       この寺の本家となる、京都の妙心寺で購入したお経のテープも毎日流し、
        本堂でお祈りしながら、全てのことに感謝することから一日が始まったの
       ですから。


   

ロズリン:作品作りも、お寺の中でやっていたのですか?
 
リチャード:最初はプレハブのような小屋でやっていたのですが、ある時、小川町で
        古い蔵を壊すことになったという話を聞いたんです。
 
        これを寺にもってきてはいけないだろうかと考えました。
        檀家さんたちに聞いたら最初は反対されましたが、何かと世話をしてくれて
        いた、小川町の他の臨済宗のお寺のお坊さんが、京都の妙心寺に許可を
        もらってくれたんです。
 
        なんとその蔵を 「 座禅堂 」 として、申請してくれました。
 
ロズリン:
すごいですね。実際にその中で座禅をやったのですか?

  

リチャード:いえ。 彼が言うには、私が行なっている創作活動が禅だと。
        木から和紙を漉き、作品を生み出す。この行為こそが、禅だと言ってくれました。
 
        その後、彼のお寺で座禅会をやる時に誘ってもらい、座禅の経験もしましたが、
        移築した蔵では創作活動をしていました。
 

ロズリン:あなたは小川町のお祭りに参加したり、積極的に地域になじみ、
       友人も多かったですよね。

       最初の奥様が亡くなった後、一人であの場所で暮らして。
 
リチャード:いい人が多かったんです。 畑もやっていたので、有機栽培の農業をしていた
        人たちとも、たくさん友人になりました。
 
        お米、麦、大豆などを作って保存食にしてましたよ。
        お酒を作っていた友人ができ、そのお酒のラベルは今でも担当させて
        もらってます。
 





ロズリン:和紙の原料の楮 ( こうぞ ) も植えるようになったんですよね。

リチャード:ある時、小川町に開発ブームが来て、ゴルフ場などがたくさん
       できたんです。 その時に町長と話す機会がありまして。

       当時、町には楮の木がなかったので、和紙の町として有名なのに、
       原料がないのでは宣伝がしにくい。 宣伝の一つとして木を植えましょうと
       提案したんです。

    
            楮の畑

       私自身は楮の苗を100本植えて、その楮を原料にして和紙を製作をする
       ようになりました。 今では、600本ほど楮の木が育っています。
       自分が作った野菜で料理をするようなものですね。


   
                アトリエで創作中のリチャードさん


ロズリン:材料から自給自足というのは、本当にすばらしい。
      でもその後、お寺が火事になるという悲劇があったんですね。

リチャード:あれは本当に悲しいことでした。 その時、私はお寺にいなかったんです。
       再婚した妻と、今日ワークショップを行なった西荻窪のギャラリーのオープン
       に備え、都内にいました。

       すると電話がかかってきて、お寺が燃えていると。
       アメリカから和紙の勉強で来ていたお客さんが、まきストーブの使い方を
       誤ったことが原因で、何もかも焼けてしまったんです。

       ものすごく責任を感じました。


 ロズリン:その後、後始末はどうしたんですか?

リチャード:次の朝、檀家さんが集まり、お世話になっていたお坊さんもいらして、
        彼がこういってくれたんです。

        「 この人を責めないでください、これは私の弟子ですから 」 と。

       その気持ちはものすごくありがたかった。
       でもそれはそれで、私に責任があることは変わりません。

   

       その後、お寺の建て直しの相談になり、私はそれまでお寺に寄付していた
       お金も含めて、1千万ぐらい寄付しました。

       ずっと安く住まわせていただいていたし、海外の和紙を学ぶ友人たちも寄付を
       してくれ、お金がたくさん集まったんです。

       結局、全部で5千万ほど集まり、お寺を建て直すことができました。
       お墓をその寺に購入したので、今は私も檀家なんですよ。

 

 
日本に来て幸せだった体験から学んだことを伝えたい


 ロズリン:リチャードも長きにわたり日本にいますが、日本のどういうところが
       好きなんですか?

リチャード:う~ん。 もう日本に来てからの年月のほうが、アメリカに住んでいた時より
        多いからよくわからなくなってますね。

           

       アメリカに里帰りすると、自分のキャラがわからなくなるんです。
       むこうの人と話があわない。 楽しいんだけど、もうアメリカには住めないですね。


ロズリン:日本はやっぱり 「 人 」 がいいですよね。

リチャード:それが一番ですね。
        たとえば、今日みたいなワークショップを行なうと、日本人の方は片づけまで
        して帰ってくれる。 私は何もしなくても、すでにきれい。

        アメリカでは考えられません。 そういう日本人の心が好きです。

ロズリン:オーストラリアでもですよ。
       受講生はお金を払っているのだから、片づけは主催者側の仕事と考えるん
       ですよね。 でも日本人は違う。

       最近はどういう活動をしていますか?


リチャード:製作をしながら、大阪の大丸デパートなどで展示会をしたり、
        西荻窪の ギャラリー sind で今日のようなワークショップを行なったり。

        そうそう。
        3年前から東北芸術工科大学で、毎年5月に1カ月講座を持っています。
        和紙の作り方から、それを使って器や雑貨を作る方法。

 

        またキャンパスに楮を植えています。
        私は学生たちのことが大好きで、教えることも楽しくてたまらないです。


ロズリン:特にどういうことを教えたいですか?

リチャード:和紙作りはもちろんですが、若い人には道がいろいろあるということを
        教えたいです。

        私でいえば、和紙が好きだという直感で、いろいろな活動が開け、日本に来て
        とても幸せでした。

        ですから経済的なことだけではなく、どういう風に生活をするかを考えること。
        そして日本は今後、農業がとても大切になっていくことも話していければと
        思っています。


ロズリン:そんな充実した毎日を送るリチャードが、日々大事にしていることは何でしょう?

リチャード:健康が一番です! そして仲間が大事ですね。


     
   西荻窪の sind に飾られた作品      和紙で作られた帯
   和紙に描かれた龍は圧巻


    
    ふすまや壁を含め空間を             屏 風
    プロデュースすることも


  
 <インタビュー感想>

  リチャードとは日本に来た当初からの友人ですから、もう40年もの長いつきあいです。
  ボストンでグラフィックアートを学んだ彼には、以前サンギの商品デザインをお願いした
  こともありました。

  伝統工芸という厳しい世界でありながら、外国人であるリチャードに、和紙を作りたいなら
  ここで作ればいいと、工房をあっさり使わせてくれた小川町の職人さん。

  31年もの間暮らしていた慈恩寺が不慮の事故で火事になってしまった時、この人を
  責めないでください、これは私の弟子ですからとかばってくれたお坊さん。

  様々な方々とのすばらしい出会いに恵まれました。

  彼は充分なお金も持たず、浮世絵の技法を学びたい一心で、サンフランシスコから
  船に飛び乗りました。
  また毎朝のお掃除やお線香などのお勤めは、彼にとってみればお勤めというよりも、
  逆に毎日何かを与えてくれるすばらしい営みと感じたと言います。

  彼のこのまっすぐで真摯な心が、良い出会いを導き、町の方々との深いつながりを
  生んだのだと思います。

  以前インタビューをさせていただいた、染色家の原口良子さんという素敵なパートナー
  を得て、ますます創作活動に励むリチャードをこれからも応援したいです。