私が宝塚歌劇団のファンだということは、このブログでも何回か書いたことがあると思います。今私の住んでいる名古屋にある松坂屋美術館というところで、宝塚歌劇団創設100周年を記念して、この歌劇団の歴史を画像や映像などで振り返る催しが開催されているので、行ってきました。:hahaha:

 私が宝塚歌劇を好きになったのは、30歳を過ぎてからでしたが、その頃は、宝塚を知るために、いろんな「宝塚本」を買って勉強しました。舞台から前面に張り出していて、その後ろにオーケストラ席がある細長いステージが「銀橋」であり、ショーや芝居の終わりに劇団員たちが上から降りてくる階段が「大階段」であり、フィナーレの時に劇団員たちが持って振る飾りが「ポンポン」であるなどという、宝塚専門用語を覚えたのもそういう本によってでした。:wink:
 
 劇団員たちのことを写真付きで解説している『宝塚おとめ』という雑誌が毎年刊行されていて、私も時々は買って読みます。:**:


 
 宝塚の女優たちは、「宝塚音楽学校」で2年間教育を受けてから、宝塚の舞台に立つのですが、その時にあの「黒木瞳」「天海祐希」などの芸名をそれぞれ付けます。歌劇団の初期の頃は、小倉百人一首に収められた和歌にちなんだ「小夜福子」「雲井浪子」のような芸名がつけられていたのですが、それ以降は自分でつけることになっているようです。:)
 
 宝塚独特の芸名が選ばれることが多いので、どうしてそんな芸名にしたのか気になるところなのですが、私が読んでいた頃の『宝塚おとめ』では、大抵の場合「尊敬する方につけていただきました」という説明だけでした。
 
 ただ、誰が考えたのであれ、やはりそれなりに何らかの理由があるはずです。「黒木瞳」であれば、彼女が福岡県の「黒木町」というところの出身だったことが関係しているのだと推測できますし、多分それで問題はないのではないかと思います。:roll:
 
 だとすると「尊敬する人に〜」などというほとんど何の情報も与えない説明よりは、ちょっとだけでもいいから、芸名選択の理由を想像させるヒントを教えてほしいものです。それだけでも、宝塚歌劇に対する関心がさらに高まろうというものです。8-)
 
 宝塚の衣装




 いずれにしても、今回の催しでは、知識としてはある程度持っていた宝塚の歴史を、画像や映像とともに知ることができて、大いに勉強になりました。これから宝塚の演劇を鑑賞する上でも、参考になるだろうと思っています。
 
 

 さて、これで私のブログは最後になります。東大言語学科の同窓会で、先輩たちから名前を聞いてはいたロズリン・ヘイマンさんに頼まれて軽い気持ちで引き受けたのですが、思いがけず4年も続けてしまいました。:-o
 
 お読みになってくださっていた方が、もし少しでもいらっしゃるのだとしたら、まことに有難い限りです。皆様の今後とものご健勝とご発展を心よりお祈りします。どうもありがとうございました。:-P