07/16: 輝く笑顔インタビュー 第4回 前編
Category: インタビュー
インタビュー4人目のゲストは、オーラルケア業界からは少し離れますが、
将棋の世界でご活躍中の素敵な女性です。
日本女子プロ将棋協会所属女流棋士 中倉彰子さん をお迎えしての前編です。
女流将棋界をもっとオープンな存在に
もちろん、プロになりたての頃はなかなか勝てずに悩んだものですが、厳しい世界
でもまれているうちに少しずつ、勝率も上がってきました。
むしろ、今の団体を作って独立したときの方が、特別な決意があったように思います。
ロズリン:好きなことでも、仕事となると辛くなるときがあるのでは?
中倉:私の場合、好きが高じて…というよりは、自然な流れでプロになって、そこから
新しい経験をして世界が広がって、楽しくなってきたという感じでしょうか。
最近は、対局以外の仕事が増えて大変な部分もありますが、様々なことを知ることが
できるので充実しています。
ロズリン:今は、コンピュータと人間との対局というものも話題になりますね。
中倉:コンピュータは強いです! そのうち、トップのプロ棋士に勝つ日も来るでしょう
ね。 終盤の「詰み」の部分では、コンピュータの解析の早さにはかないません。
1秒以内というスピードですから(笑)。
でも、スポーツと全く同じように、“人間が指すから面白いんだ”という部分が、最大の
持ち味になってくると思います。
ロズリン:やはりプロであっても、常に練習で腕を磨くことが大切だと。
中倉:もちろんです。ただ、将棋はコーチがいないので、
自由な反面、トレーニングも生活も全て自己管理しないと
いけません。
例えば、プロ数人で研究会を開いて研究したり、棋譜を並
べたり、詰め将棋を解いたりして研鑽に励んでいます。
私は実戦不足の時に、コンピュータとの対局も、練習のツールとして活用しています。
□■中倉彰子さん□■
将棋の世界でご活躍中の素敵な女性です。
日本女子プロ将棋協会所属女流棋士 中倉彰子さん をお迎えしての前編です。
女流将棋界をもっとオープンな存在に姉妹で歩んだ女流棋士への道
ロズリン:中倉さんは、プロの女流棋士として活躍して
いらっしゃいます。
昨年、女性だけの新しい団体を立ち上げたそうですね。
中倉:昨年5月、日本将棋連盟に所属する女流棋士
約50名のうち17名が集まって、世界唯一の女性だけの
プロ将棋団体「日本女子プロ将棋協会(LPSA)」を設立しました。
連盟からは分かれた形ですが、女性や子どもにも、広く将棋の楽しさを知って
もらうきっかけを作り、また女流棋士がより活躍できる環境作りを目指して、積
極的に活動したいという気持ちから立ち上げたものです。
ロズリン:中倉さんご自身は、いつ頃から将棋を始められたのですか。
中倉:6歳のとき、2歳下の妹と一緒に将棋の駒にさわって遊んでいて、それを
見た父が教えてくれたのが最初です。
父は将棋が好きで、家に将棋があるのは当たり前、という環境でしたから。
いらっしゃいます。
昨年、女性だけの新しい団体を立ち上げたそうですね。
中倉:昨年5月、日本将棋連盟に所属する女流棋士
約50名のうち17名が集まって、世界唯一の女性だけの
プロ将棋団体「日本女子プロ将棋協会(LPSA)」を設立しました。
連盟からは分かれた形ですが、女性や子どもにも、広く将棋の楽しさを知って
もらうきっかけを作り、また女流棋士がより活躍できる環境作りを目指して、積
極的に活動したいという気持ちから立ち上げたものです。
ロズリン:中倉さんご自身は、いつ頃から将棋を始められたのですか。
中倉:6歳のとき、2歳下の妹と一緒に将棋の駒にさわって遊んでいて、それを
見た父が教えてくれたのが最初です。
父は将棋が好きで、家に将棋があるのは当たり前、という環境でしたから。
初めは「そのうち家で指すときの相手になれば」くらいのつもりで始めたらしいん
ですが、スパルタ教育の成果でしょうか(笑)、私が中学になった頃、アマチュア
3段の父に勝って、高校3年でプロになりました。
ロズリン:お父様のお気持ちとしては、娘の成長を喜びつつ…

中倉:んー…。なったらなったで心配で、複雑な心境だったようです。
ロズリン:妹さんの宏美さんも、同じくLPSAの一員として活躍中ですが、お二人
は本当によく似ていらっしゃいますね。
中倉:よく、双子みたいだと言われます。将棋は昔も今も男性の世界ですから、
妹という仲間がいなかったら、とてもここまで続けられなかっただろうと思います。
昔は、父がリーグ表を作って成績をつけ、“ここまでいったらご褒美” 制にしたり、
親子3人で将棋を毎日指していました。
ロズリン:そのおかげで、妹さんもどんどん腕を上げていった。
ですが、スパルタ教育の成果でしょうか(笑)、私が中学になった頃、アマチュア
3段の父に勝って、高校3年でプロになりました。
ロズリン:お父様のお気持ちとしては、娘の成長を喜びつつ…
中倉:んー…。なったらなったで心配で、複雑な心境だったようです。
ロズリン:妹さんの宏美さんも、同じくLPSAの一員として活躍中ですが、お二人
は本当によく似ていらっしゃいますね。
中倉:よく、双子みたいだと言われます。将棋は昔も今も男性の世界ですから、
妹という仲間がいなかったら、とてもここまで続けられなかっただろうと思います。
昔は、父がリーグ表を作って成績をつけ、“ここまでいったらご褒美” 制にしたり、
親子3人で将棋を毎日指していました。
ロズリン:そのおかげで、妹さんもどんどん腕を上げていった。
中倉:その人の指し方のスタイルを「棋風(きふう)」と言いますが、面白いことに、
本人の性格と棋風が全然違うのは、結構あることなんです。
例えば父の場合、人柄は堅実なタイプですが、指すときはわりと荒め。私の場合
は、序盤から少しづつリードを広げて勝ちに行くタイプですが、妹は終盤不利な
局面から、いきなり巻き返しを図ってきたりするんですよ! 思わぬところから飛び
蹴りが出てきたりして(笑)、とにかく読めなくて。

ロズリン:観戦する側は、そのほうが断然面白いですよ。
中倉:姉としては、そこまで丁寧に進めてきたつもりなのに、いきなり持ってかれ
ちゃうというのがどうも…(笑)。
でもそこが将棋の面白さでもありますし、勝負の世界ですから仕方ないですね。
私はその飛び蹴りに合わないようにかわす技を磨かないといけませんね(笑)
プロになって分かった厳しさ、楽しさ
ロズリン:将棋を一生の仕事に選んだのはどうしてですか。
中倉:プロになるには、女流の場合は29歳までという年齢制限がありますが、私の
場合は高校生のときにアマチュア女流大会で2年連続優勝して、そのままレベルア
ップする感覚でプロ入りしましたから、特別にかっこいい決意みたいなものはなくて…。
本人の性格と棋風が全然違うのは、結構あることなんです。
例えば父の場合、人柄は堅実なタイプですが、指すときはわりと荒め。私の場合
は、序盤から少しづつリードを広げて勝ちに行くタイプですが、妹は終盤不利な
局面から、いきなり巻き返しを図ってきたりするんですよ! 思わぬところから飛び
蹴りが出てきたりして(笑)、とにかく読めなくて。

ロズリン:観戦する側は、そのほうが断然面白いですよ。
中倉:姉としては、そこまで丁寧に進めてきたつもりなのに、いきなり持ってかれ
ちゃうというのがどうも…(笑)。
でもそこが将棋の面白さでもありますし、勝負の世界ですから仕方ないですね。
私はその飛び蹴りに合わないようにかわす技を磨かないといけませんね(笑)
プロになって分かった厳しさ、楽しさ
ロズリン:将棋を一生の仕事に選んだのはどうしてですか。
中倉:プロになるには、女流の場合は29歳までという年齢制限がありますが、私の
場合は高校生のときにアマチュア女流大会で2年連続優勝して、そのままレベルア
ップする感覚でプロ入りしましたから、特別にかっこいい決意みたいなものはなくて…。
もちろん、プロになりたての頃はなかなか勝てずに悩んだものですが、厳しい世界
でもまれているうちに少しずつ、勝率も上がってきました。
むしろ、今の団体を作って独立したときの方が、特別な決意があったように思います。
ロズリン:好きなことでも、仕事となると辛くなるときがあるのでは?
中倉:私の場合、好きが高じて…というよりは、自然な流れでプロになって、そこから
新しい経験をして世界が広がって、楽しくなってきたという感じでしょうか。
最近は、対局以外の仕事が増えて大変な部分もありますが、様々なことを知ることが
できるので充実しています。
ロズリン:今は、コンピュータと人間との対局というものも話題になりますね。
中倉:コンピュータは強いです! そのうち、トップのプロ棋士に勝つ日も来るでしょう
ね。 終盤の「詰み」の部分では、コンピュータの解析の早さにはかないません。
1秒以内というスピードですから(笑)。
でも、スポーツと全く同じように、“人間が指すから面白いんだ”という部分が、最大の
持ち味になってくると思います。
ロズリン:やはりプロであっても、常に練習で腕を磨くことが大切だと。
中倉:もちろんです。ただ、将棋はコーチがいないので、自由な反面、トレーニングも生活も全て自己管理しないと
いけません。
例えば、プロ数人で研究会を開いて研究したり、棋譜を並
べたり、詰め将棋を解いたりして研鑽に励んでいます。
私は実戦不足の時に、コンピュータとの対局も、練習のツールとして活用しています。
□■中倉彰子さん□■
1977年3月2日生まれ 東京府中市出身
1991・92年 女流アマ名人戦で連続優勝
1994年4月 プロデビュー(高校3年生)
2000年4月?2003年3月 NHK杯将棋番組の司会を担当
2007年5月 日本女子プロ将棋協会(LPSA)を立ち上げ移籍
2007年6月?2008年6月 ラジオBOXXにて姉妹でパーソナリティーに
※中倉姉妹ブログ http://www.positive-girls.net/